Archive for the 'survival' Category
鏡の世界
Tuesday, April 7th, 2009暇さえあればアコースティック楽器の相場、在庫状況をチェックしている最近の私ですが、御茶ノ水に左利き用の楽器をたくさん揃えている素敵なお店がある。→http://www.taniguchi-gakki.com/
このwebの画像をじっと見ていて、Gerry Andersonの「Doppelganger」という映画を思い出した。邦題は「決死圏SOS宇宙船」、アメリカでは「Journey To The Far Side Of The Sun」といったらしい。
太陽の反対側に、地球と同一軌道を周る惑星が発見され、その調査のため宇宙船 Doppelganger 号が飛び立つ。だが何故か宇宙船は地球に着いてしまう。帰還のため宇宙ステーションにドッキングを試みるのだが、接点の極性が合わず宇宙船はドッキングできない。どうにか飛行士が地上に降りると、何もかもが左右逆。そこは地球とは鏡像のパラレルワールドだった、というお話。
で、もしも、万が一、そのような世界に行ってしまった場合に備え、左利き用の楽器までチェックを入れている、実に用心深い右利きの私であった。
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訂正と付記:さきほどネット某所で30年ぶりくらいに見たら、やあ、もう、すっごい面白かった。でも記憶と全然違っていたので訂正します。
まず宇宙ステーションはウソ。地球軌道上で切り離された着陸船が、着陸に失敗して大破。その後、軌道上に残っていた母船に、新造された着陸船 Doppelganger 号がドッキングを試みる。しかし母船との極性が合わず……。
権利を持っているところはぜひDVD化の検討を。
しかし、これを書いた数週間後に空前の左利きブームが訪れるとはなぁ……。
偽逆と誤反対。
Monday, October 20th, 2008目が覚めるときは大抵腹が立っているか、憂鬱だ。そんな今朝の寝起き時に思った。
最近のやつらが使う「真逆」って何だ。逆は逆だろ。極性で言ったらプラスとマイナス。それ以外の逆は逆でないから、わざわざ「真」を付けて区別する理由が分からない。
仮に真ではない「偽」である逆があるとすれば何か。角度で言ったら172度とか186度あたりの微妙なところ? 性別で言ったらオカマ? 逆の逆が真なら、逆の逆の逆は偽? 真逆が表現として成立するなら「偽逆」としか言いようのない状況をぜひ確認したいところだ。
現実にはそんな止むを得ない状況が存在するのではなく、単に「正反対」を「真逆」と置き換えて使っているに過ぎない。私には真逆の濫用で割を食らっている旧き良き正反対が不憫でならない。
と思おうとしたのだが、しかし、この正反対にしても何なんだ。反対は反対だろ。極性で言ったらプラスとマイナス。それ以外の反対は反対ではないから、わざわざ「正」をつけて区別する理由が、よく考えてみると全然分からないじゃないか。
正ではない反対があるとすれば「誤反対」。なんじゃそら。
真逆に反対の賛成の反対なのだー。
spider and i
Saturday, May 17th, 2008 2ヶ月ほど前から部屋の中で蜘蛛を飼っている。というよりも、サッシの隙間から侵入してきた蜘蛛を追い出さずに、部屋の中で自主的に生きていただいている。蜘蛛は出窓の内側に巣を張って、毎日補食にはげんでいる。
今日みたいな晴れた日は、出窓の方を向けて置いてある机の上にやってきて「どうだい俺の活躍は」と言わんばかりに、でかい態度で歩き回る。窓際は暑いからな。
そういう蜘蛛の態度を許しているのは、こいつのおかげで毎晩、安眠が続いているからなのだった。蜘蛛を見てひらめいたんですよ。こいつに部屋の中の虫を駆除してもらおうと。オーガニック殺虫剤というわけですな。生態系の一部導入というか。
うちは大きな公園に面しているので、非常に虫が多い。ゴキとかムカデとか、そういう大物でなければ騒ぎはしないものの、蚊の羽音はやっぱり許せない。夜寝られないじゃん。俺の血液くらい吸ってもいいから、静かにやってくれよといつも思う。
でも、こいつを飼い始めてから、深夜の「ミーン」という飛行騒音に悩まされることはなくなった。おかげで毎晩、快眠だ。それもこいつのおかげかと思うと、机の上の蜘蛛が可愛く思えてくる。
ってことを書いていて気が付いたんだけど、これはイーノの例の曲と同じ状況だ。Spider and Iのスパイダーとは、「実はボウイーを指しているのだ」とか、「やっぱやつらはホモだったのか」とか、当時は諸説あったけど、実はあのハゲおやじ、単に蜘蛛を飼っていたのだと私は思う。
Read Spider And I lyrics
逆ピラミッドカレー、あるいは帝都東京地下の謎カレーについて。
Sunday, April 6th, 2008 カレー製作中のことであった。たった一枚しかない平らなお皿が勝手に自由落下を開始し、自らの質量がもたらす重力加速度の大きさから、持ち主になんの断りもなく、悪意ある破片となった。
しかし、すでにカレーは完成目前であり、ご飯も炊けていた。ここから他のメニューに切り替えるわけにはいかない。新しいお皿を買いに行くのもいいが、おろしたてのお皿というのは、いくら洗ったとしても、なんだが埃っぽい気がしてよろしくない。
そこで、生き残りの食器である、ちょっと大きめのどんぶりに目が行く。これにご飯をよそおい、その上からカレーをかければ、まあカレーライスにはなる。
が、単に上からドバッとかけてしまっては、カレーを食する際の醍醐味である、ご飯との配分比率が調整できない。そのために、カレーとご飯はいずれも表出している必要があり、その面積から残量を推測できる状況になければならないのだ。
だからといって、カレーとご飯を左右均等に分けて入れようとすれば、ご飯の崩落を防ぐため、これを屹立する壁のように固めなければならない。ご飯は、ぜひとも、ふわっとした状態でいただきたいものである。
そこで思いついたのが、どんぶりにご飯をすり切りいっぱいに盛り、真ん中に穴を空け、そこにカレーを流し込むことだ。この穴を逆三角錐型にすれば、ご飯は崩落しずらいだろうし、壁面を固める必要もないだろう。
なによりこの方法が魅力的なのは、カレーとライスの立場が入れ替わった、倒立したピラミッドカレーになることだ。
しかもこのピラミッドは外からは見えない。どんぶりとご飯によって隠匿された、地下構造の中にのみ存在するビラミッドである。手で触れることも、眼で見ることも叶わない、外部を持たないピラミッドは、しかし間違いなく、そこに存在しているのだ。
まさにこれは巨大地下構造物の魅力そのものではないか。しかも、その構造物の正体を、カレーなら食いながら暴くことができるのだ。
ではこのカレーを命名しよう。『逆ピラミッドカレー』、あるいは『帝都東京地下の謎カレー』。インスピレーションを与えてくれた遠藤賢司、秋庭俊の両氏に捧げます!
なんてことを考えながら食べると結構美味かった。
幻の『林野庁のうた』
Saturday, February 23rd, 2008うがぁあああっ。朝から何にも見えん。花粉のおかげでくしゃみ連発。もう頭来た。なにもかもみんな消えてなくなれぇえええ。
というわけで、風吹きすさぶ土曜の午後、私は発作的に『林野庁のうた』を叩き込んだのだった。しかし、そのまま公開するにはいくつか問題がある。
この曲、実はタイマーズが夜ヒットで突発的に演奏した『おまんこ野郎FM東京(通称)』の替え歌なのだが、普遍的なロックンロールのコードとラインで構成されていても、この曲で重大な意味を持つ「おまんこ野郎」という言葉をそのままの形で使えば、それはタイマーズの曲だ。またVocaloidのライセンス条件で「公序良俗に反する歌詞」および「第三者の人格権を侵害」する音声の公開は許されないことになっている。
そこで折衝案として「林野庁」とだけ連呼するカラオケにしてみたので、ご自身でその他の歌詞を想像しつつ、心の中でこの官庁を褒め称えるなり罵倒するなりして下さい。
Rock’n Roll.
去年、オレはコミケに行かなかった。
Tuesday, January 1st, 2008 かれこれ10年以上も前の話だ。朝、目が覚めてタバコ(当時はまだ吸っていたのだ)を買いに外へ出たら、銀座の方から勝鬨橋を渡って蛍光ピンクやヒョウ柄の大群が歩いてくる(当時は勝どきに住んでいたのだ)。
まだ寝ぼけているのかと思い、ごしごしと目をこすっている間にも、やつらはこちらへ接近してくる。人の形をしてはいるが明らかに普通ではない。尖ったものを身に付け、鋲の付いた棒を振り回す者までいる。慌てて自分の部屋へ駆け戻り、怪物の大群が歩いてこちらにやってくるぞと、カミサン(当時はまだ結婚していたのだ)を叩き起こした。
二人でベランダに立ち、晴海通りを覗き込むと、それはラムちゃんの群れだった。私はその時、コスプレというものを初めてナマで見たのであった。
諸星ラムに扮した彼女たちは、晴海方面に向けて続々と南下を続けている。その列は後から後からわいてきて、まったく途切れる気配がない。集団の中には、ラムちゃん以外のもっと不気味なもの、例えばどう見ても野郎のようなものまで混じっていたが、それは私に理解できるキャラクターがラムちゃんだけだったということで、いずれも何らかのコスプレなのだということは想像できた。
ところでこの人たちは何の目的であんな格好をし、よりによってうちの前を歩いているのか。年も押し迫ったこの時期、どこかで何かの大会でもあるのか。でなければ、あれだけ大量の列があのまままっすぐ進むと、海に落ちるしかない。ひょっとして集団自殺か? やつらはレミングなのか? ならば何故ネズミのコスプレでないのか? いやそれ以前に誰か止めなくていいのか?
様々な疑問をご近所の人にぶつけてみると、国際展示場(当時はまだ晴海にあったのだ)でアニメ関係のイベントをやっているらしかった。
なるほどそうかと展示場まで様子を見に行ってはみたものの、そのシュールな異次元空間というか、路上にはみ出たホラー映画的状況というか、ともかく正門に接近することさえできない雰囲気が充満していて、退散を余儀なくされた。
後で聞いたら、それがコミックマーケットというものだったらしい。ああ、あれがあの有名な! が、それ以降コミケと聞くと、この時の悪夢が蘇る。押し寄せてくるコスプレの大群を、それとは知らずに目撃した体験は、以後トラウマ化している。
だけど困ったことに、ニコ動にVocaloidでオリジナルを上げている人たちが、コミケでCDを売るらしいんだな。その音源は欲しいし、直接話もしてみたい。ううむ。でも……。
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という話をmixiに上げたところ、友達が少ない私の日記には珍しくたくさんのコメントが付いた。大半の意見としては「なにも怖がることはない」「面白いから行ってこい」というものであった。
曰くコミケというのは作品を自由に売買する場所であって、コスプレ大会ではないと。流通に載らない作品の売買スペースを提供しているだけであると。マンガ以外にも音楽やら電子工作やらいろいろあるよと。
なるほど。となれば一転して、そうしたものに50万人もの人々が集まってしまう事実に、私は未知のエネルギーを感じてしまうのだった。
つまりコミケというのは人力P2Pみたいなものじゃないのか。ってことはコンピュータとネットワークを使ってやろうとしてきたことを、30年も前から手動でこなしてきたんじゃないのか。それってすごいんじゃないの? 少なくともこれでいくつかの問題は解決する可能性がある。
たとえばニコ動は音楽を創作するための協労装置として機能したけれど、作品に関わったクリエイターが何らかの対価が欲しいと望んだ時、その手段までは用意してはいなかった。これはコミケで売ればいいんだよ。素晴らしい。あ、だからニコ動の人はコミケで売るわけね。納得した。
と、かようにして理解は深まり、精神的な距離も縮まっていった。コミケには様々な問題に対する回答が、具体的な形を伴い待っているはずである。今まさに彼らと連帯する時がやってきたのだ。Otaku Unite! いざ行かん、有明へ!
しかし結果は表題の通りである。すべて私の小心が悪い。心的外傷諸星ラム後ストレス障害。おまけに仲間まで見殺しにした。ダブルでPTSD。
賀正。