かれこれ10年以上も前の話だ。朝、目が覚めてタバコ(当時はまだ吸っていたのだ)を買いに外へ出たら、銀座の方から勝鬨橋を渡って蛍光ピンクやヒョウ柄の大群が歩いてくる(当時は勝どきに住んでいたのだ)。

 まだ寝ぼけているのかと思い、ごしごしと目をこすっている間にも、やつらはこちらへ接近してくる。人の形をしてはいるが明らかに普通ではない。尖ったものを身に付け、鋲の付いた棒を振り回す者までいる。慌てて自分の部屋へ駆け戻り、怪物の大群が歩いてこちらにやってくるぞと、カミサン(当時はまだ結婚していたのだ)を叩き起こした。    二人でベランダに立ち、晴海通りを覗き込むと、それはラムちゃんの群れだった。私はその時、コスプレというものを初めてナマで見たのであった。    諸星ラムに扮した彼女たちは、晴海方面に向けて続々と南下を続けている。その列は後から後からわいてきて、まったく途切れる気配がない。集団の中には、ラムちゃん以外のもっと不気味なもの、例えばどう見ても野郎のようなものまで混じっていたが、それは私に理解できるキャラクターがラムちゃんだけだったということで、いずれも何らかのコスプレなのだということは想像できた。    ところでこの人たちは何の目的であんな格好をし、よりによってうちの前を歩いているのか。年も押し迫ったこの時期、どこかで何かの大会でもあるのか。でなければ、あれだけ大量の列があのまままっすぐ進むと、海に落ちるしかない。ひょっとして集団自殺か? やつらはレミングなのか? ならば何故ネズミのコスプレでないのか? いやそれ以前に誰か止めなくていいのか?    様々な疑問をご近所の人にぶつけてみると、国際展示場(当時はまだ晴海にあったのだ)でアニメ関係のイベントをやっているらしかった。    なるほどそうかと展示場まで様子を見に行ってはみたものの、そのシュールな異次元空間というか、路上にはみ出たホラー映画的状況というか、ともかく正門に接近することさえできない雰囲気が充満していて、退散を余儀なくされた。    後で聞いたら、それがコミックマーケットというものだったらしい。ああ、あれがあの有名な! が、それ以降コミケと聞くと、この時の悪夢が蘇る。押し寄せてくるコスプレの大群を、それとは知らずに目撃した体験は、以後トラウマ化している。    だけど困ったことに、ニコ動にVocaloidでオリジナルを上げている人たちが、コミケでCDを売るらしいんだな。その音源は欲しいし、直接話もしてみたい。ううむ。でも……。

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 という話をmixiに上げたところ、友達が少ない私の日記には珍しくたくさんのコメントが付いた。大半の意見としては「なにも怖がることはない」「面白いから行ってこい」というものであった。    曰くコミケというのは作品を自由に売買する場所であって、コスプレ大会ではないと。流通に載らない作品の売買スペースを提供しているだけであると。マンガ以外にも音楽やら電子工作やらいろいろあるよと。    なるほど。となれば一転して、そうしたものに50万人もの人々が集まってしまう事実に、私は未知のエネルギーを感じてしまうのだった。    つまりコミケというのは人力P2Pみたいなものじゃないのか。ってことはコンピュータとネットワークを使ってやろうとしてきたことを、30年も前から手動でこなしてきたんじゃないのか。それってすごいんじゃないの? 少なくともこれでいくつかの問題は解決する可能性がある。    たとえばニコ動は音楽を創作するための協労装置として機能したけれど、作品に関わったクリエイターが何らかの対価が欲しいと望んだ時、その手段まで用意しているわけではない。ならばこれはコミケで売ればいいんだよ。素晴らしい。あ、だからニコ動の人はコミケで売るわけね。納得した。

 と、かようにして理解は深まり、精神的な距離も縮まっていった。コミケには様々な問題に対する回答が、具体的な形を伴い待っているはずである。今まさに彼らと連帯する時がやってきたのだ。Otaku Unite! いざ行かん、有明へ!    しかし結果は表題の通りである。すべて私の小心が悪い。おまけに仲間まで見殺しにした。

 賀正。